情報誌 フラメンコ研究所 テレツサ

カディス、20096

 CIFT

Nº3, vol 3: pp 32-35   

ISSN: 1989-1628



老化防止に役立つフラメンコ舞踊

 

 

ベゴーニャ・ロペス・アラーケ 

ホルヘ・フアン高校教師、サン・フェルナンド、スペイン

 

 

翻訳

 

石田 眞貴子

 

日本大学生物資源科学部

 



Email: makikoadelfa@hotmail.com

入稿2010327 校正2010329 承認:201045 

オンライン出版:2010410

 

 

 

Begoña López Araque 1

  1. IES Jorge Juan. San Fernando, España.

Email: blablaraque@gmail.com

 

 

 

レジメ

本文は様々な角度から、いかにフラメンコが老後を健康的に豊かにするために役立つかを検討するものである。 フラメンコのブラセーオの動きは、肩の関節や筋肉の柔軟性を維持することに寄与し、サパテアードは大腿骨骨粗鬆症に至るプロセスに対し一定の抑止力とな り、使用しないことで急速に機能を失う大腿四頭筋の老化現象を遅めることに有効に機能する。

 

 

キーワード

老化、フラメンコ舞踊、サパテアード、骨粗鬆症、アポトーシス

 

 

 

 

導入


老年をむかえるにあったて、フラメンコ舞踊は、身体面においても精神面においても人々の生活を豊かにする武 器となるものであると思われる。老化ということの一般的な認識は、脳の能力が徐々に低下していくことであり、この衰退は休みなく進んで行くものであるとい うことである。現在、平均寿命が延び、生活の質も向上し、半世紀前の人々よりも良い健康状態を保っているので、65歳から75歳までの高齢者は若年老人と呼ばれている。


慢性疾患、進行性疾患、不治の病は老人の専売特許ではないが、確かに老化のプロセスと結びついている。老化は病気に結びつく身体の変化を生みだす。そのため、自然に起こる老化と病状の発生の間に境界線を引くことはできないのである。



まえがき


骨というのは不変ではなく、常に変化しているものである。骨の組織は力が加わった方向に成長する。負荷が加わることにより、骨折した場合も、その骨折した所で骨の再生が行われる1,2。骨格は重力、言いかえれば体重、そして筋肉の収縮作用の影響を受ける。縦にかかる力は通常骨が支えており(重量圧縮)、それも難なく行っている。

しかしながら、横にかかる力(剪断、事故による、あるいは転落による衝撃)に対しては通常、怪我と言う形で結果が出る。その上、骨の異方性は密度の濃い骨皮質とスポンジ状で弱い部分である骨梁部分では異なっている。

地面に立つと、重力に対抗する力が生まれ、それは足から下肢へと伝わり、大腿頸部からヒップ、骨盤、腰椎へ と伝わっていく。この伝わり方によって骨の密度が異なってくる。健康な大腿骨の断面図で、骨はいくつかの異なる層になっており、骨皮質(赤)、重力に抵抗 することにより密度の濃くなっている骨梁部分(黄)、そしてスポンジ状の骨梁部分(緑、青)となっている3

 

 

 

 

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図1.大腿骨の断面図に現れている異なる層

骨粗鬆症は骨密度の低下や骨のマイクロアーキテクチャが退化することによって起こる疾患で、骨が脆くなり骨折のリスクが高くなる、それは骨形成と骨吸収の不均衡の結果発生する症状である1,2。 骨密度は若年成人でピークを迎え、その後、男女ともに徐々に減少していく。しかし閉経後、女性はエストロゲンの産出量が急速に減少(特に白人女性)し、そ のため骨密度の減少に拍車がかかり、症状が進むと骨減少症(骨ミネラル密度の減少)あるいは骨粗鬆症(骨密度の減少が激しく、骨が脆くなり骨折の危険性の 増した状態)となる。

骨形成に関しては、遺伝やホルモン(特にエストロゲン)などのように、個人の範疇の及ばない要素もあるが、その他の要素、例えば(フラメンコの場合は非常に特定の方法で実行されるが)機械的負荷、個々人の身体組成、食生活、生活習慣など個人の範疇と考えられる要素もある3

筋力や負荷の度合いにより大腿骨頸部は骨梁で骨化するので4、 骨密度の低下により骨の構造が弱くなっているこの領域で骨の変化は顕著なものとなる、そのため、転倒あるいは症状が進行している場合は悪い姿勢をとっただ けで大腿骨頸部の骨折に至る。その唯一の解決法はまず、動かないようにして患部で進行している骨減少症をブロックし、外科治療を行う事である。

 

 

 

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グラフ2.大腿骨近位部骨端部分(1)



老年期におけるフラメンコ舞踊の有効性

健康状態が悪くなったときに感情に訴える理性で立ち向かう事は重要なことである、そのため、精神状態に直接的に作用する音楽は病気療養に用いられている5。 この意味において、フラメンコという手段を用いることは効果がある。フラメンコというのは人々の感情に働きかけ、楽観的にさせたり、情熱的にさせたり、時 には郷愁を感じさせるようなこともある。これを生活の単調さが障害となっている高齢者に適用するのである。「音楽療法」の良い点は簡単にできるということ である、私たちの満足、充実した状態(より広汎な意味で健康を定義するときにWHOの用いている表 現)の実現のために用いることができるし、用いるべきである。フラメンコというツールを持ち、そのツールで私たちの感情と積極的に対話をする。本文で強調 したいのは、たとえそれが喜びであれ悲しみであれ、人生の瞬間、瞬間を積極的に楽しみながら生きていることを感じることが重要なことであるということであ る。人生に対する積極的な態度が健康に大きく作用する。

今まで述べてきた事はどんな世代にも当てはまることであるが、特に老年代 について語る時に取り上げられてきたことである、何故ならばこの年代は気持ちが沈んだり、身体が動かなくなったりする世代だからである、そしてフラメンコ は身体治療として、他の舞踊よりも重要な付加価値を持っている。それは何かというと、まず、第一に身体全体を使っていること、第二に、この点に関しては自 分の意思に関わらず孤独になってしまった老人を治療する者たちは時としてあまり配慮しないことであるが、フラメンコはより社会的な側面を持っているという ことである。アンダルシアで催されるお祭りで80代のグループの人々がどんなに楽しそうに、関節炎 や関節の痛みを忘れ、踊っているかを見れば明らかである。実際、体重が重すぎるということはセビジャーナスを踊る障害とはならないのである。しかし、フラ メンコの恩恵はそれだけではない。例えば、サパテアードは大腿骨頸部の骨化に良い影響を与えるし、ブラセーオのテクニックにより肩関節の動きを保つことが 出来るのである。

医者たちはウオーキングが最大の予防であると提案している、なぜならば、 その一歩一歩が地面に対する動き、反動であり、必要な部分にカルシウムを供給しながら、骨の形成を促すものであるからである。しかし、ここではフラメンコ 舞踊をエクササイズに取り入れることを推奨する。なぜならば、気分を高揚させるのに有効なだけでなく、フラメンコは大腿骨頸部強化に大変重要な役割を果た すからである。サパテアードでは重心の移動は非常に限られた範囲でのみなされるし、同じ動作の繰り返しであるため大腿骨頸部の骨化のメカニズムを増幅させ るのに役立つのである。その上、サパテアードは微妙な筋肉の動きをコントロールして行う動作であり、又、ジャンプの着地の際、あるいは悪い姿勢でのウオー キングやランニングにより発生する過度の負荷を防ぐことができる。ランナーは通常体重の23倍の反動を受けているが、ジャンプの際の反動は体重の1222倍に及ぶ7,8

又、音楽を用いることによる心理的効果により、退屈なように思われる他のエクササイズより楽しみながらもっと多くの時間身体を動かすことが出来るようになる。

老年期の人々のためにフラメンコ舞踊が良いというもう一つの理由は肩関節 に関する事である。骨の形上(腕骨頭は球形をしている)、その他の要素(関節包、靭帯など)が原因で肩の関節は安定していない。肩関節の柔軟性は、基本的 には関節周囲の筋肉によって維持されており、それは関節の柔軟性を保つため機能しなければならない。そして肩の安定性の原動力となるこれらの筋肉は、例え ば様々な方向に向かう腕の力とかいうものは、基本的には個々人で鍛えるものである。フラメンコ舞踊のブラセーオでは全ての肩の動きをカバーできる(外転, 屈曲、伸展, 内 転など)。しかし、最も重要なことは、動きが連続していて、コントロールされていて、惰力で行われていないという事である。この点を考えるとフラメンコの ブラセーオは肩の柔軟性を保つ上で、また強化するのに非常に優れたエクササイズであると考えられる。ブラセーオは緩やかに行えば非常に有効なリハビリの手 段となる。

老年期の人々にとり、フラメンコ舞踊が有効な他の理由は大腿四頭筋のエク ササイズになるということである。この筋肉は相動筋としての性質を持っているため、継続的なトレーニングが不可欠であり、フラメンコ舞踊ではそれをとても 自然な形で達成することができるのである。老年代の人々にとっては、例えば椅子から立ち上がる日常の動作さえ、とてつもなく困難なものとなっているという ことを忘れるべきではない。どうして加齢とともに筋力が低下するのかという理由は、速い反応の運動ニューロンはアポトーシスと呼ばれる工程により萎縮し、死滅するIIa型 の筋繊維と繋がっており、長期に亘り筋肉が使用されなかったり、あるいはその強度が運動閾値に達していないと筋力は低下する。トレーニングをしていない高 齢者には遅筋の優位性が認められる。活動的でない高齢者の生活ではこの筋肉構成が進行していく。しかし、この状況は新しいシナプシスを形成する事によって 逆転させることが出来る。そして、耐久力をつけるトレーニングは、たとえそれが90代 の老人であったとしても、その機能を向上させることができるのである。これが人生の価値を高めるのに最も効果のある方法である。年令を重ねるにつれ、こと に高齢者にとっては、反射神経や反応速度の低下は中枢神経、そして末梢神経システムの老化に関連しており、ある程度の「速度」の要求される全ての行動をや めることにより、個体の不安定さは増し、大きな崩壊へと向かっていくのである。サパテアードは速い速度の反応に対応する筋繊維を刺激し、アポトーシスを発 生させないし、さらにその逆の筋繊維の活性化をはかり、身体を生きいきと保つために貢献するのである。フラメンコ舞踊のように危険がなく、楽しく、しかも コントロールされた他の活動を見出すのは非常に困難であるし、フラメンコにより異なる筋肉の協調性も促進することができる。

 

 

 

 

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. 3 フラメンコのサパテアード


結論

フラメンコ舞踊は、常に適した強度で行われるのであれば、前期高齢者の 方々にこの年令に適した身体活動をより活発するという利点をもたらす。本文ではフラメンコ舞踊がどのように骨の再生、あるいは筋肉の強化、関節の動き、ひ いては身体機能の崩壊を未然に防ぐことに貢献するかを述べてきた10

運動器官におけるフラメンコ舞踊の主な利点 は、個々の身体能力を保持し、メインテナンスすることであり、身体能力を高めるためのものではないことに留意すべきである。高齢者に求められることは主に 骨量減少率を減らすことであり、そのことにより身体の状態、筋力が改善され、健康状態が良くなるということである。

各々が老年になっても自立して、介護を必要としないような生活をすること を望むのであれば、私たちに与えられている身体機能を十分に発揮すべきである、例えば、エンドルフィンを発生させるため、脳へ刺激を与える事は鎮痛剤やプ ロザックのような薬を利用するよりもよい方法だと思われる。エンドルフィンは内因性鎮痛剤として重要な役割を果たしており、しかも副作用がない。この精神 的に良い状態は、笑いであったり、官能的であったりするフラメンコに内在する要素により増大する。精神面に与える影響は身体に与える影響と同様非常に重要 である10。要は、老化現象がいずれ起こる ことを受け入れ、老化とともに生きることを学び、老化と言う宿命の中で、この身体的不能の状態が訪れる日を出来る限り遠のかせるために戦うということであ る。この全てのプロセスでフラメンコは支えになりうるし、刺激を与え、容赦のない生物的衰退に対抗するモティベーションを提供しうるのである。

参考文献


  1. Lanyon L, Rubin CT, O'Connor JA, Goodship A (1982). The stimulus for mechanically adaptive bone remodelling. En: Osteoporosis. Mencrel J, Robin GC, Makin M, Steinberg R. Chichester, J Wiley and Sons, pp 135–147

  2. Buckwalter JA (1995). Aging and degeneration of the human intervertebral disc. Spine, 20, 1307-1314

  3. Oliva J (2007). Modelos de cálculo para solicitaciones estáticas y dinámicas en huesos. Trabajo de investigación. Madrid, Universidad Politécnica de Madrid

  4. Ahonen J, Latineen T, Sandström M, Pogliani G, Wirhed R (2001). Kinesiología y anatomía aplicada a la actividad física. Barcelona, Paidotribo

  5. Vertherat T, Bemstein K (1996). El cuerpo tiene sus razones. (7ª edición). Barcelona, Paidos

  6. Cavanagh PR, LaFortune M (1980). Ground reaction forces in distance running. J. Biomech, 13, 397-406

  7. Heinonen A et al (2000). High impact exercise and bones of growing girls: a 9-month controlled trial. Osteoporosis International, 11(12), 1010-1017

  8. Rantalainen T et al (2009). Short-term bone biomechanical response to a single blout of high-impact exercise. J Sports Science Med, 8, 553-559

  9. Craig BW (1996). The Importance of strength training for seniors. NSCA. 18/04/2010 http://www.nsca-lift.org/HotTopic/download/Strength%20Training%20for%20Seniors.pdf

  10. Buckwalter JA (1997). Decreased Mobility in the Elderly: The Exercise Antidote. Physician Sports Med, 25 (9), 126-133

  11. Forwood MR (2000). Exercise recommendations for osteoporosis. A position statement of the Australian and New Zealand. Bone and Mineral Society Australian Family Physician, 29 (8), 761-764